麻字考

たそがれSpringPointの(日々の憂鬱7/13付け)に

「麻婆豆腐」の「麻」は「麻薬」の「麻」と同じ意味だという話を聞いたことがあるが本当だろうか?

とあったので手持ちの資料のみで調べてみた。以下、中国語は<>で囲い、すべて日本の漢字に直してある。
まず、<麻>の字を『現代漢語詞典2002年増補本』(中国で最も権威ある中国語辞典。以下『詞典』)で引くとこうある(日本語訳は小学館『中日辞典第2版』を参考にした)。

<麻1>
1、大麻、亜麻、苧麻、黄麻などの植物の総称。2、アサ類植物の繊維。3、ゴマ。
<麻2>
1、表面が滑らかでない。2、あばた。3、小さな斑点のある。4、姓。
<麻3>
しびれる、ぴりぴりする。

(以上一部抜粋)

<麻1>、<麻2>、<麻3>とあるのは、『詞典』がこれらを別々の形態素と見ているためである*1。<麻1>には異体字として<(草冠に麻。漢字が出ない。)>が挙げられている。ただ、これが古くの正字であったのか、単なる異体字であるのかは分からない。(これが分からないのは『詞典』の欠点の一つだと思う。)また、<麻3>は<麻痺><麻風(ハンセン病)><麻疹>と云う用例の時には<痲>とも書くようである。
次は<麻薬>を『詞典』で引いてみると簡潔にこう書いてある。

麻酔剤。

では、日本語の「麻薬」はどうかと云うと、『新潮国語辞典』では、

1、麻酔薬。2、習慣作用があり、その乱用が社会に悪影響を及ぼす薬物の総称。アヘン・モルヒネ・コカインの類。

と出ている。我々が「麻薬」と云って普通意味するのは2の用法だと思う。因みにその意味での「麻薬」は中国語では<毒>や<毒品>と云う。なんとも身も蓋もない。
しかし、う〜む、辞書を引いただけじゃわからない。辞書の前の方に出ている用法ほど古いと考えれば、<麻3>は<麻1>の1の大麻の麻酔作用あたりから派生したようにも見える。とにかく、「麻薬」の「麻」については、大麻から作られるから麻薬と云うとすれば<麻1>だし、しびれる、麻痺する薬だから麻薬と云うんだとすれば<麻3>の用法となる。日本語のみで考えると前者になりそうだが、中国語を考慮に入れると後者の考えも出てくる。
それから、「麻婆豆腐」。この語源については諸説あるそうで、まずは、マー婆さんが作ったという説。これは<麻2>の4、姓であるので、「麻薬」の「麻」とは関係なくなる。
そして、google:麻婆豆腐の語源で知ったのだが同じ麻婆さんでも<麻2>の2のあばたの用法説。つまり、あばたのある婆さんが作ったと云う説である。この説を取っても「麻薬」の「麻」とは関係ない。
しかし、私は中国で<麻辣豆腐>と云うものを食べた事がある。<辣>は辛いという意味なので、<麻辣>はしびれるほど辛いとでも云うような意味になる。この料理と<麻婆豆腐>との関係は知らないし、<麻辣豆腐>も<麻婆豆腐>と同じ四川料理なのかどうかも知らないし、<麻辣豆腐>が一般的な料理なのかそこの食堂のオリジナルメニューだったのかも分からないが、私が食べて感じた限りでは<麻婆豆腐>と大差ないものであった。この<麻辣豆腐>の<麻>は明らかに<麻3>の用法である。とすると、<麻婆豆腐>の<麻>も<麻3>の可能性が出てくるような気がする。
ような気がする、で終えるのは尻すぼみで情けないが、何だか中華料理を無性に食べたくなってきたし、考えもまとまらなくなってきたのでここまで。

*1:誤解を恐れず簡単に云えば同音同表記異義語